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読書世界の魅力を発信する秘密のアトリエ☕️

変革者の言葉(初号)〜前編〜

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BOOK&coffeeへようこそ

 
BOOK&coffeeでは、クリエイティブな活動に欠かせない素材を、”本”から集めだし、シンプルにまとめています。
 
 
 
読者の皆さんの”クリエイティブな活動を支えるしごと場”として、BOOK&coffeeがあります。
 
 
 

変革者の言葉

BOOK&coffeeの新たなコーナー
 
 
「変革者の言葉」
 
 
ここでは、取り上げた書籍に刻まれた著者の言葉に焦点をあて、著者が発したそれらの根本にある「考え方(ポリシー)」がどんなものであるかを読み取ることを大事にしています。
 
また一方で、普段の私の本の読み方の1つとして実際にやっていることを、
そのまま言語化してみると面白そうだ、というねらいからこの企画にいたっています。
 
さて、このコーナーでは2人の人物が登場し、実際に対談をします。
一人は私自身、もう一人は書籍の世界に没頭しているもう一人の私です。
言いかえれば、書籍そのものに憑依した自分がもう一人の人物です。
 
始めから終わりまで繰り広げられる会話は、完全に私の頭の中で起こっていることそのものです。本を読みながら起こっている化学反応を、読み物として楽しめるように編集しています。
 
※ご留意ください
あくまでもここで表現していることは、わたしの完全妄想によって創り出したフィクションです。実際の著者との対談をおこなったものではないことに加えて、著者や書籍に対して誹謗・中傷を行う目的は一切ございません。以上をご留意の上、お楽しみ下さい。ここでのゲストは著者本人ではなく、”本”そのものという感覚でやってます。
 
 
 
 

ゲスト紹介

 
「変革者の言葉」の記念すべき1冊目の書籍は、
 
幻冬舎編集者、箕輪厚介さんの著書『死ぬこと以外かすり傷』[マガジンハウス]です。
 
 
※表記
(K5):わたしです。
(M):書籍に憑依したもう一人の私です。(著者名のイニシャル)
 
 
 

意識くらい高く持て

 
(K5)今日はよろしくお願いします。
 
(M)よろしくお願いします。
 
(K5)早速ですが、BOOK&coffeeは読者の「クリエイティブ」な活動に役立つコンテンツとしてありたいというポリシーがあります。とはいえ、近頃はやりたいことが見つからず、その「クリエイティブ」を発揮する場所がないという、もったいない話を耳にすることもあります。まずはその点について、Mさんの見解をお聞きしたいと思います。
 
(M)みんな「やりたいこと探し」好きですよね。笑 例えばそういう話題になると、よく意識高い系と揶揄(やゆ)する人を見ますけど、僕からすれば「意識くらい高く持て」と言いたい。
 
(K5)私は自分が「意識高い系」に当てはまる自覚があります。そんな自分をちょっと引いた視点で見てみると、この意識高い系という言葉を誰かが発して、それが身のまわりで「あー、あの意識高い系ね」と、共通の意味を持って流通している現象があるのは、そもそも面白いなと捉え直してもいるんです。例に出せば、会話の場面で本を読んでいるとか仕事について考えてるといったことを口にすれば、「真面目〜」とか「意識高っ!」という声が飛んでくるけれど、そのときにいつも思うんですよ、「いや、待て待て」と。笑
私からすれば、あなたたちはあなたたちで飲み会やクラブで好き放題はしゃいだり、スマホでゲームにたっぷり時間を費やしたり、そういう楽しい時間には喜んで参加してるじゃないですか、と。見方を変えれば、楽しいと思うことには一生懸命になっている。それが勉強、ゲーム、スポーツ...といったように人それぞれ対象が違うだけで、得ているものは「楽しい」といったプラスの感情という点で同じなんです。
「楽しいと思う対象」が異なるだけで、本質的に変わりはないと思うんですよね。
ところで、Mさんはなぜ「意識は高く持つべきだ」というお考えなのでしょうか?
 
(M) K5さんの見方とは少し違うんですが、僕はもともと、社会人になった当初は「意識高い系」でした。今一緒に仕事をしている堀江さんや見城さんといった人たちに関連するものは全部チェックしていましたし、佐渡島さんのような先輩編集者の講演会も必ず参加して前の席で聞いていました。笑
その間、すぐに何か具体的に生かせるようなことがあったかといえばそうではないです。ただある時、その蓄積していたものがポンっと弾けて、いろんな情報が繋がってきたんです。それが「僕のアイデア」として姿を変えてどんどん噴き出してきた。それが今の行動に繋がっているのは確かで、「意識高い系」の時期が実はとても大きく影響を及ぼしていることが今になってわかっています。
 
(K5)Mさんにそんな過去があったなんて意外でした。私も同じように、ずっと読書を続けていて、ある時同じように自分の中に化学反応が起こった時があります。それ以降、知識を溜め続けるのがすごく気持ちが悪くなってしまって、とにかく頭にパンパンに溜まっているものを一度吐き出したくなりました。それが今のBOOK&coffeeという活動に繋がっています。
 
(M)ここで大事なことが何かっていうと、情報を集めることで「知る・知らない」の境界がはっきりすることだと思うんです。
僕はよく「講演会に行く暇があれば仕事をしろ」なんて声があがったときには、いやそれは違うんだと反論するんです。行動することはもちろん意味があるけれど、これから世の中がどういう方向で進んでいくのかを知ることも重要なことだと思っているから。両方大事なんです。そこを見失ってはいけない。
 
(K5)だから、まずは入り口として「意識くらい高く持て」と。
 
(M)そういうことです。
 
 
僕自身、社会人になった当初は単なる「意識高い系」だった。僕が今仕事をしている見城徹、秋元康、堀江貴文といった人たちの出演番組や書籍、記事は1つ残らずチェックしていた。先輩編集者である佐渡島庸平や佐々木紀彦は、今では偉そうに絡んでいるが、彼らの講演会があると必ず顔を出し、前の方で聞いていた。しかし、どこかの時点で堰(せき)を切ったかのように、それまで蓄積していた知や情報が繋がり、僕のアイデアとなって噴き出していった。行動に繋がっていった。ー(略)ーだから僕は、ビジネス書を読んでも意味がないとか講演会なんかにいく暇があったら仕事をしろという声を聞いたときに反論する。「実際に手を動かす方が価値はあるが、これからの世の中がどこに向かうのかを知っているということも極めて重要だ」と。「知っている」と「知らない」の間にとてつもなく太い川が流れているのだ。(本書P58より引用)
 
 
 

 覚悟が甘い人間のコンテンツはゆるい。

 
(K5) Mさんはご自身が作りたい本を作るというこだわりを持って、それらを世の中に送り出しているとうかがっています。しかも信じがたいスピードでそのサイクルを回している。Mさんが、実際にそのスピードかつ成果をきちんと生み出す仕事を可能にしている「裏側」は読者のみなさんが注目している点だと思います。
 
(M)僕のように”自分が作りたい本を作る”という感覚を大事にしている編集者は僕以外にも全然いますよ。ただ、それだけだとただの我儘(わがまま)にしかなりません。理由はシンプルで”お金”が必要だから。そこを無視していると単なる自己満足にしかならないわけですよ。そして強調したいのは、さっき僕と同じ感覚であると説明した編集者は実は同じなようで、同じではない。僕と彼らが決定的に違っている点は、「覚悟」があるか無いかです。好きなことをするためには守るべき順番があるということです。自分が好き放題仕事をするためには、作りたいものに向けてすぐに着手するのではなく、まずはその土壌を自分で耕さないといけないんです。使うのは会社のお金。作りたいものをつくることができても、それが売れなければ会社の死を早めてしまうだけっていう当たり前のことを考えてない人が意外といる。だから、自分が作りたい本を作るためには覚悟がいるんです。自分が好きなことをやるために、作りたい本を作るために、わがままで自由でいられるように、戦うべき数字を無視してはいけないんです。売れるものを作らないと話にならない。
 
(K5)おぉ、なるほど。
(何が「なるほど。」だバカヤロウ。自分に思い当たる節だらけじゃないか。猛省!)
 
(M)だから僕からすれば、「作りたい本を作れればいい」なんてわがままを言っている人間は「自分は甘っちょろい人間です!」と公言しているようにしか聞こえない。”覚悟が甘い人間のコンテンツはゆるい”んです。冗談抜きにして断言しますけど、その人たちはまだ自分のお金で本をつくった方が内容は全然マシになると思います。
 
(K5)結果が出せているから自由という世界に住むことが許される、と。
 
(M)当然ですよ!おそらくこれって、本を作ることに限らず、あらゆるビジネスに言えることだと思います。
 
(K5)自分にも思い当たる節がありすぎて、話を聞いている間にHP(※)が半分くらい削れました。ずっと肝に命じておきたい。
(※HP=ヒットポイントの略。よく対戦ゲームで残り体力の表示に使われる。)
 
(M)K5さんの記事ってまわりでは実際に読みやすいっていう声が上がっているようですけど、僕からすれば全体的に表面的なことをずっとなぞっているようにも見えるんですよね。笑
 
(K5)お、おっしゃる通りかもしれません。。。よければそのへんのご指導お願いします。(うぅ、、、痛いところをつかれてしまった。。。)
 
(M)まず、表面的っていうのが何を指すかといえば、それは著者がすでに言葉にしていることをなぞっているっていうことなんですよ。
この世界では、著者によって使う言葉や表現が違うのは当たり前で、でも編集者やライターはどんな事情があろうとも、著者の内部にあるコンテンツとなる素材を余すところなく引き出してきちんと言葉にするのが仕事。それが最終的に本というカタチに仕上がって人々に届きます。
ただ本にもその本の持つテイストというのがそれぞれあって、例えば堅苦しい表現や難しい言葉が多用されていると本が嫌いな人はもっと嫌いになったり、簡単すぎると読みやすくはなるが内容は薄っぺらいものになりやすい。
K5さんはおそらく読解に関わるその言葉の言い回しであったりという部分を整理することに長けているんだと思いますが、反面内容に関しては革新的なクオリティの向上は望めないやり方でやってますよね。
 
(K5)私自身そこは1つの悩みとしてあります。内容に関して言えば、最終的に著者同等がおそらく最高点で、それ以上にはできない。もともとあったコンテンツを、より読みやすいものに編集しているにすぎません。ある意味この作り方はずるいとも思っています。著者の言いたいことをきちんと捉えている限りはそれ以上を考える必要性は無くなりますからね。最終的にどうしても無難になってしまう。
 
(M)うん、そこですよ!甘いです。それってもうただの自己満足にしかならないじゃないですか?だって、著者が言っている範囲内のことだけ理解しておけば大丈夫って感覚なわけでしょ。いや、そこがもったいない。しかも読者をバカにしている疑いも出てくる。
 
(K5)うぅ、なるほど。。。(会心の一撃!!!(もうHPは煮干し程度しか残っていない))
 
(M)僕の場合、作りたい本をつくっている途中で、1文字でも腑に落ちないところがあれば出版したくなくなる時があります。一文字一文字に意識を集中して、身体中に1滴残らず浸透させるように真剣に吟味するんです。そうやって本気で言葉と向き合っていると、面白いことにその言葉の裏にある著者自身でさえも気づいていない真理にたどり着くことができます。だから薄っぺらい内容か、良質な内容かを分ける決定的な理由はまさにここ。要するに著者が言葉にできていない真理をつかめているかが問われているんだと思います。
 
(K5)1つ1つの言葉について真剣に考え抜くことが大事だと。
 
(M)それとあとは、自分自身がどれだけそのテーマに対する問いを持っているかが大きいと思います。要するに、関心があるテーマであればいろんな視点で見れるのに対し、その反対だとよほどの読解力がない限りは見抜けないですよね。立つべき場所に立てない限りは、たとえそこがグランドキャニオンであったとしても、単なる地層らしきものと川がある場所にしか目に映らないわけで広大な絶景をレンズにおさめる視点を探す努力が必要になります。
 
(K5)Mさんがなぜ優れた書籍を出し続けられるのかが少しわかった気がします。
 
(M)すみません、調子に乗って喋りすぎました。
とは言いつつも、実はこうやって偉そうに言えてる自分がいることに満足を得ている一方で、この状況は危ないことだなとも思っています。
 
(K5)え、全く理解が追いついてないです。今までの話のどこに危険になるような要素が!?
一体どういうことでしょう。
 
 (M)言ってしまえば、死ぬカス(本書の略称)を世に出してしまった時点で、今までの自分は死んだも同然だと思っています。ー(後編へ続く)ー
 
 
 
会社の金を使って赤字を垂れ流して「作りたい本を作れればいい」などというのは甘えにすぎない。自分の金でやれ。そして、そういった人間が作るものはたいていの場合、おもしろくもない。覚悟がないからだ。覚悟が甘い人間のコンテンツはゆるい。ビジネスでやっているのだから、儲からなければいずれ終わる。自分が好きなことをやるために、自分が好きな本を作るために、わがままで自由でいるために数字と戦わなければならない。(本書P145より引用)
 
「好きなものを作る」「やりたいことをやる」というのは大切だ。それがすべてだ。しかし、そのためには結果が必要だ。自由になるためには数字がいるのだ。(本書P146より引用)
 
(略)著者が発するメッセージの本質は、よほど読解力があるか、切実な問題として読書をしていないと見抜けない。しかし本を編集していると文章の中に1文字でも腑に落ちないところがあると気持ちが悪くて、出版したくなくなる。一文字一文字身体に染み込ませるようによく考える。真剣に言葉と向き合っていくから、言葉の裏にある著者自身でさえも言語化できない真理が見抜ける。僕は誰よりも自分が作った本の心理を理解し、体現してまさに化身となる。(本書P150より引用)
 
 
 
 
 
 
(今回はこのへんでcoffee breakにしましょう☕️... (次編へ続きます))